作家の読書道

奥田亜希子さん

 

奥田亜希子(おくだ・あきこ)
1983年(昭和58年)愛知県生まれ。愛知大学文学部哲学科卒業。2013年、第37回すばる文学賞を『左目に映る星』(「アナザープラネット」を改題)で受賞。著書に『透明人間は204号室の夢を見る』『ファミリー・レス』『五つ星をつけてよ』『リバース&リバース』がある。最新作は『青春のジョーカー』。

 

すばる文学賞受賞作品『左目に映る星』(「アナザープラネット」を改題)以降、一作発表するごとに本読みの間で「巧い」と注目を集めている奥田亜希子さん。長篇も短篇も巧みな構築力で現代に生きる人々の思いを描き出す筆力は、どんな読書経験で培われてきたのでしょうか。デビューに至るまでの創作経験などとあわせておうかがいしました。

 

【本が好きな少女】

――いちばん古い読書の記憶を教えてください。

奥田:幼稚園の頃から絵本は読んでいたと思うんですが、記憶に残っているものがなくて。でも、トルストイ著の『3びきのくま』の絵本はよく憶えています。深緑色の表紙で、目がぎらぎらしている熊のイラストがあって。

――女の子が森で迷って一軒の家を見つけて中に入って、スープを飲んでベッドで寝ていたら熊の親子がかえってきて…という話ですよね。

奥田 そうですそうです。親も本が好きだったんですけれど、転勤族だったからか、家にはあまりなかったんです。でもあの本は、表紙が媚びていないのがすごく記憶に残っています。

――奥田さんはプロフィールでは愛知県出身となってしますが、あちこち引っ越しされたのですか。

奥田:愛知の尾張旭の後が埼玉の大宮、京都の亀岡、岐阜の揖斐川町、群馬の沼田で、14歳、中学2年生の時に愛知の豊橋に家を建てて住み始めて、以降は父親が単身赴任をしていました。

――中学2年生までに、そんなに転校したということですね。

奥田:そうなんですよ、そのことが私の性格に深く深く関わってくるんですよ(笑)。

――おや(笑)。『3びきのくま』以降は、どのような本を憶えていますか。

奥田:母親に図書館に通う習慣があったので、私も一緒に行って本を借りていました。読むことは好きでした。電車に長時間乗る時には新しい本を数冊与えておけば大人しかったらしく、楽だったと言われたことがあります。書店の入り口に回転式のラックに入っている「世界名作絵本」みたいなシリーズがあって、それを揃えてもらっていました。「この間ここまで買ったから、次はこれ」みたいな感じで。他は日本の昔話の本も10冊くらい家にありました。有名な童話や昔話はそのあたりで読んだと思います。日本のほうが陰気な印象で、『白雪姫』とか『シンデレラ』とか、海外のお姫様の話が好きだったような記憶がありますね。でも家にこもっていたわけではなくて、外でも遊んでいました。社宅は年の近い子と密な関係になりやすいので、そういう子たちと遊んでいました。

――あ、転勤族ではあったけれど、人間関係を構築するのに苦労はなかったんですか。

奥田:家の周辺で遊ぶ友達には困りませんでした。最初から明るく振る舞えるタイプではなかったので、どこの学校でも転入直後はいじめられましたけれど。はやくから「私は本が好きな人間だ」と自分をキャラクターづけしていて、長い休み時間は図書室で本を読むことも多かったですね。児童書で好きだったのは、まずは手島悠介さんの「かぎばあさん」シリーズ。主人公のちょっと寂しい気持ちのある鍵っ子の問題を、おばあさんが解決してくれる話です。朝活動のような時間に先生が読み聞かせてくれて、そこで知りました。すごく面白くて、学校の図書室で全部読んだと思います。あとは早野美智代さんの「レストラン海賊船」シリーズ、寺村輝夫さんの「こまったさん」「わかったさん」シリーズと、「かいぞくポケット」シリーズ、ルース・スタイルス・ガネットの『エルマーのぼうけん』のシリーズ、斎藤洋さんの『ルドルフとイッパイアッテナ』のシリーズなどです。
『ルドルフとイッパイアッテナ』はちょっとしたアクシデントから野良になってしまった猫、ルドルフの話です。ルドルフは飼い主の女の子の元に戻りたくて、2巻の終わりでようやく戻れたと思ったらもう別の猫がいて。それが衝撃的でした。想像していたハッピーエンドとはまったく違ったので。これらを読んだのが、小学校低学年から中学年にかけてくらいです。
今、娘が小学生で、『エルマーのぼうけん』や「こまったさん」「わかったさん」シリーズを読んでいます。改めて読み返すと、「こまったさん」は絵がすごくお洒落なんですよ。テーブルや車までカラフルで、全部が可愛い。

――お子さんに合わせて読書遍歴を再体験できるのもいいですよね。

奥田:すごく楽しいです。小学校時代はその後、高学年で那須正幹さんの『ズッコケ三人組』にハマり、「ふーことユーレイ」という、主人公がおまじないを唱えたことで格好いい幽霊の男の子が現れて、彼を好きになってしまうというシリーズを好きになりました。作者が名木田恵子さんという、漫画の『キャンディ・キャンディ』の原作者です。

【ライトノベルにハマる】

――小学校の頃、作文など文章を書くことは好きでしたか。

奥田:好きでした。原稿用紙ぴったりに終わらせられることに優越感を抱いていました。残り何マスかになってくると、語尾や言葉をちょっといじればちょうど終わらせられるじゃないですか。そういうのが気持ちよかったです。
でも、読書感想文は4年生までまったく分かっていなくて。先生も「こういうものですよ」って言わないまま宿題にしていたような気がします。だから私は先生に自分の好きな本を紹介するものだと思い込んでいて、文章をせっせと抜き出しては説明していました。それが、4年生の夏休みに友達の読書感想文を読んで目が覚めました。「私が書いていたものは感想文じゃなかった!」って。そこからはちゃんと形になって、中学校の時には森絵都さんの『つきのふね』の感想文で全国コンクールに出してもらいました。

――お話を作ったりはしていましたか。

奥田:夏休みの自由研究の宿題に絵本を作ったことはありますね。絵を描くのも好きだったんです。2年生の時には、頭の中で物語を考えていた記憶もあります。主人公の男の子が自殺しちゃう話です。親に「明日、新聞に僕、載ってみせるよ」みたいなことを言って、実はそれが自殺するということだったっていう。2年生の時が人生で一番いじめられていたので、辛かったのかもしれないですね(笑)。

――鬱屈した思いを創作にぶつけていたんでしょうね。

奥田:そうですね。空想癖はすごくありました。
5、6年生の頃は漫画も描いていました。ギャグ漫画ですね。500円のお小遣いから漫画を買うとほかに何も買えなくなってしまうので、それほど読んでいたわけではないんですけれど。二頭身くらいのキャラクターが出てくるものを何冊か描いた憶えがあります。同じ趣味の友達とは見せ合っていました。もうどこにやったか分からないですね。捨てた憶えはないんですけれど、蒸発していてほしい(笑)。
そういえば5年生か6年生の頃、読書中に母親から「洗濯物を畳むのを手伝って」と言われ、続きを読みながら畳んでいたらすごく怒られて、腹が立って家出したことがありますね(笑)。こっちとしてはもともと本を読んでいたんだし、それでも一応言われたことをやっているのに、なんなんだと思って。家出してあちこち動き回って、「今日はここで寝よう」と野宿の計画まで立てていました。でも、疲れて休んでいる時に父親に見つかって、家に帰りました。

――本を読んでいる時に用事を言い付けられるのって苦痛でしたよね(笑)。

奥田:すごく辛いですよね。だから今、ご飯やお風呂の時間になっても、娘が本を開いていたらキリのいいところまで読んでいいことにしています。

――中学生時代はいかがでしょう。

奥田:中学生からライトノベルに走りまして、神坂一さんの『スレイヤーズ』という、アニメ化もされた作品を読んでいました。クラスの男の子が国語の先生にそれを見せていたのがきっかけです。とても柔軟ないい先生だったので、ライトノベルを小馬鹿にせず、むしろ褒め言葉を口にしたんですね。そこから興味が湧いて読み始めました。
もともとうちは親がゲームをする家庭だったんです。「ドラゴンクエスト」とか「ファイナルファンタジー」とか。その影響で私もファンタジーや冒険の世界が好きだったので、草河遊也さんの『魔術士オーフェン』や深沢美潮さんの『フォーチュン・クエスト』も読みました。あとは久美沙織さんの「ドラゴンクエスト5」のノベライズ、『小説ドラゴンクエスト5 天空の花嫁』。あれは名作です。子ども時代と今が時間を超えてまじわって、昔の自分に声をかけるシーン。その描かれ方がすごくきれいで何度も読みました。ライトノベル以外だと、はやみねかおるさんの「名探偵夢水清志郎事件ノート」シリーズはこつこつ集めていました。
この頃からお小遣いが増えたので、漫画も買うようになりました。
それと、自分でもライトノベルを書き始めました。

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